ちゃるの目に映った世の中のもろもろを、感じたままにつづります    http://chall.blog19.fc2.com/

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HINOKIO
2005/06/23/ (木) | edit |
HINOKIO(6/23)



監督/秋山貴彦

出演/中村雅俊、原田美枝子、原沙知絵他



交通事故で母親を亡くして心を閉ざした少年がロボットを通して学校に通うことで育んでいく友情やピュアな恋、そして-





いやぁ~すごい人でした。何しろ開場の一時間前に試写会のある厚生年金会館に出掛けたんですが、前にある公園にまで人の列が続き、「最後尾はここ」のプラカードまで。

思わず並びかけたんですが、プラカードを見ると『Star Wars』って書いてあるじゃありませんか!!同じ時間に大ホールと芸術ホールで映画の試写会なのでした。

朝9時すぎから並んだらしいよ、、っていう声を耳にして、スターウォーズなら、そりゃそうでしょうとも!と、納得。



さて、こちら側「HINOKIO」。

映画の内容とは関係ないんですけど、本編が終わると席を立つ人がゾロゾロ。なんとかならないんでしょうか?そんなに忙しいなら来なきゃいいのに、、終電が間に合わない時間でもないのに、、、と、毎度のことながら、目の前を遠慮のかけらもなく通って行く人々の身体の隙間からエンドロールを見ながら、思います。



さて、映画。

何がどう便利になろうが、人の心だけは複雑で始末に負えないままである。痛みを痛みと感じない手段を現実と変わらないものだと思い込む愚かさに対抗するような存在としての「ジュン」がすごく良い。それなのに、そのジュンをバーチャルな世界の煉獄の塔とリンクする工場の鉄塔に上らせるなんて、何だか適当な辻褄あわせのようで、貧弱だ。



でも、最後の場面でロボットがサトル君を背負って走る姿には感動します。みんなの心が通じた時、そう感じる時、それが幸せなんだよね、きっと。
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BATMAN BEGINS
2005/06/21/ (火) | edit |
BATMAN BEGINS(6/21)



監督・脚本/クリストファー・ノーラン

出演/クリスチャン・ベール、リーアム・ニーソン、ケイティ・ホームズ、ゲーリー・オールドマン、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマン、渡辺謙 他



暗黒の騎士バットマンの誕生秘話を少年期のトラウマ、目の前で両親を殺された悲劇、青年期の放浪と、精神的肉体的成長を丁寧にシリアスに描いている。対抗する悪も今までのような漫画的は派手さはなく、作品自体従来のバットマン物とは違う所に位置する娯楽映画に出来上がっている。





私が知っているのはテレビ版。貴族的で教養高い正義の騎士バットマンだったような気がするのだが、この作品では悪と戦う暗黒の騎士(敵も恐怖する)。



ヒーローは「マシニスト」で不眠症の激痩せ男、ヒロインはトム・クルーズの婚約者、ヒーローを助けるのは「ハリポッター」のシリウス・ブラック。対する敵役はラストサムライの「勝元」とスター・ウォーズでライトセーバーを振り回してた人。私の中での人物設定では、一体どんな映画なんや?だったのだが、アメリカのヒロイック・コミックの頭も身体も筋肉で出来ている正義の味方とは、一味も二味も違った今回のヒーローである。



蝙蝠に恐怖感を持ち、悪を憎み、復讐に燃える青年がどのような紆余曲折を経て、愛する街、愛する市民を守るために、蝙蝠のコスプレおじさんになっていったのかを、丁寧に描いていて好感が持てる。敵役もタダの敵役にとどまらないのがいい。(タダの敵役も居るが、、)



でも、何が良いってバットマンを支える執事役のマイケル・ケインと、化学特捜グッズ開発者のモーガン・フリーマンが断然光っているのだ。この2人の存在だけで、他のバットマン映画とは質が違うって言えるんじゃないかな?って思えるくらい。



執事が失意の主人公を励ます言葉があるのだが、本当に成長過程にある人間の側には、暖かく愛情を持って見守り続け、寡黙ではあるがタイミング良く励ます人が居ればいいのだな~ってシミジミ思いました。



最後に電車がレールをはずれ、スピードの出たまま地上に落ち、そのまま駐車場に突っ込む場面があったのだが、尼崎のJR事故を連想して、胸が締め付けられる恐怖でした。



笑うおばば(映画・ホステージ)
2005/06/13/ (月) | edit |
毎度の事ながら、映画鑑賞券をいただいたので、ブルース・ウィリスの「ホステージ」を道頓堀の角座へ、会社帰りに行く。



真下正義とは違った意味での(一緒か?)交渉人のお話なんだが、そこは舞台がアメリカな事もあって、派手なアクションと飛び道具でバンバンなのだ。

流血ものは余り好きじゃないんで、半分目を逸らして見ていたのだが、時々どこからか低い不気味な笑い声がするではないか。



注意していると、声の主はどうやら前の席に座ってる老年カップルのおばあちゃんの方なのだ。

いつ笑うかと言うと、敵があっけなく虫ころのように撃ち殺されたり、全身に火が回って燃え上がるとか、普通なら見るのも耐えない場面に「ふっふっふっ」とか「ハハハ」とか声が漏れるのだ。



一体何が面白いのか、楽しいのか?

ブルース・ウィリスの大ファンなのか?

スクリーンもスリルいっぱいで恐ろしい場面の連続なのだが、それより怖かったおばばの笑い声でありました。



凄まじいアクション映画見て気が高ぶっちゃったのか、帰り道の私、道頓堀難波の雑踏・交通量もなんのその、自転車ぶっとばして帰りつきました。

もしかして一番怖かったのは私?!
ミリオンダラーベイビー
2005/06/02/ (木) | edit |
ミリオンダラーベイビー(6/2)



第77回アカデミー賞の作品賞など主要4部門を制した作品。



出演はクリント・イーストウッド(監督賞)ヒラリー・スワンク(主演女優賞)、モーガン・フリーマン(助演男優賞)他



孤独なボクシングの老(名)トレーナーと若くもなくなったのに人生の夢をボクシングにかける貧しい女性が、トレーニングを通して心を通じ合わせ、連戦連勝の勢いでタイトル戦にまで進み、そして、、、



映画館の席について「しまった!」と思った。格闘技はどれもダメなのだ。殴り合いも嫌、顔が腫れて血がタラタラも見たくない。

が、座ってしまったのだから仕方ない。



パンチボールのたたき方、フットワーク、体重の移し方、腕の使い方をコーチするイーストウッドの声を聞きながら、自分がボクシングの初心者になった気分。真剣に聞き、実践し、メキメキ腕を上げ、勝利に喜ぶスワンクの表情がどれもいい。少し離れた所に自分を置き、二人を見守る失明した元ボクサーの役に、モーガン・フリーマンはピタッとはまっているし。

見ているうちに、ボクシングに熱狂するファンの気持ちも分からないではないなーと、重いフックやシャープなストレートが決まると爽快感さえ覚えるんだから不思議。



でも、この映画は人々の歓喜が最高潮に達した時、見事にアッパーパンチを食らわしてくれる。勿論映画の観客も例外ではなく。



みんなニコニコ、ハッピーハッピーじゃないからこそストーリーに深みを与え、オスカーにも輝いたのだろうが、やっぱりこの結末は寂しい。深い信仰に背くような手段を選んだ老トレーナーの愛情がとても悲しく伝わってきます。徐々に効いてくるボディブローのように、見終わったあとにじんわり身体に響いてくるのだ。美味しいレモンパイを食べながら「それで良かったのさ」って、そっと肩をたたいてあげたい気分になりました。



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